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「加古川から世界へ」“絆”が”もたらす多角経営

株式会社YANESEKO / 『医療』加古川で整骨院・トレーニング

インタビュー記事

山と川に挟まれ、「日本の縮図」ともいわれる兵庫県の南部に位置する加古川の地で、鍼灸整骨院やパーソナルトレーニングジムを運営しているのが株式会社YANESEKO(ヤネセコ)。

代表を務める矢根和紀氏は「加古川から世界へ」をモットーに多彩な経営戦略で事業を拡大。その原動力と多角経営の強みを活かした今後の展望を聞いた。

株式会社YANESEKO 事業概要

1983年兵庫県高砂市生まれ。大阪体育大学卒業後、柔道整復師を志し、国家試験免許取得。その後、2009年に「やね整骨院」を開院。その後、加古川・播磨町・稲美町、姫路で4店舗展開。2020年1月に米ぬか酵素風呂・パーソナルトレーニングジムが併設した複合施設をオープン。「加古川から世界へ」をモットーに多彩な事業展開で成長を続ける。

リハビリ施設を導入してナンバーワンの整骨院に

株式会社YANESEKO代表を務める矢根和紀氏は柔道一色の生活を送ってきた。

柔道家としてずっと怪我と付き合ってきた経験がある。その自身の経験から身体の仕組みにも詳しく、柔道整復師としての腕ももちろん高い。加えて、男気あふれる人間性も持ち合わせている。

彼の人柄に惹かれ、お店もスタッフも増えた。気がつけば、2009年に始めた整骨院は加古川・播磨町・稲美町・姫路と、4店舗まで拡大していった。2020年には米ぬか酵素風呂・パーソナルトレーニングジムが併設した複合施設をオープンした。

矢根氏が柔道整復師を志したのは大学時代。柔道で大怪我を負い、トレーニングジムが併設された整骨院で治療を受け、リハビリに励んだことがきっかけだった。

大学卒業後、専門学校に進学して国家試験免許取得。半年後に整骨院を開業した。

「始めた頃は、保険診療だけを取り扱う一般的な整骨院をやっていました。当時は経営のこともまったく分かりませんでしたし、周囲の人々にはいろいろなことを言われたりもしたんですけど……。今となっては、『この時に開業して良かったかな』と思っています」

2012年、地道に整骨院の経営を続けていた矢根氏に転機が訪れる。かねてから憧れていたリハビリ施設を導入した。

「治療院内に学生向けのトレーニング施設を設けて、本格的にジムやリハビリにも力を入れ始めました。今となっては各地にありますが、当時はまだ少なくかった。自分で言うのもおこがましいですが、『先見の明』が少しはあったのかなと思いますね」

その後、矢根氏は「病気の予防や、高血圧などの慢性的な体調不良の改善したい」という想いから、酵素風呂を導入するなど施設投資に力を注いだ。

「僕らは整骨院なので、筋肉や骨といった身体の外にある悩みは解決できます。でも、毎日を健康に過ごせるようにする『予防医療』については、まだまだ取り組まなければいけない領域があると思っています」

地域の人たちが健康的な日々を過ごすにはどうすればよいか。そのことを日々考えながら、会社とともに成長を遂げていき、今や加古川でナンバーワンの整骨院となった。

新規事業につながるきっかけの1本の電話

矢根氏の原動力は「人助け」がベースにある。

やめとけ。そう言われると黙っていらない性格だ。

ある日、矢根氏のお店に1本の電話があった。

「5~6年前ぐらいですね。鍼灸師とマッサージ師の資格を持つ視覚障害のある方から、私のお店で働かせてくれないかって、問い合わせをいただいたんです」

矢根氏は戸惑った。これまで視覚障害のある方を雇ったことがない。雇うべきか悩んだ。

「どうすべきか……」
連日、矢根氏は考えた。

 

俺が断ったらこの方はどうなるのか不安になった

何人の知り合いの先生にも相談してみた。しかし、みんな口を揃えるように「辞めておいたほうがいい」と否定的な意見だった。

「じゃあ、これで俺が断ってしまったら、この方は働くところがなくなってしまうだろうな……」と不安を感じた。

ならば、「なんとか採用できる道はないのか?」と考えることにした。

後日、矢根氏はその方を採用することを決めた。

視覚障害のある方の採用を決めた矢根氏は、すぐに準備に取り掛かる。彼らが働くための環境を整えた。整骨院とは別法人を設立し、障害福祉事業サービスをスタートさせた。

事業内容はA型事業所の送迎サービスを利用した訪問マッサージと洗車サービス。現在、およそ20人の視覚に障害のあるセラピストが活躍している。A型事業所とは障害や難病のある方が、雇用契約を結んだ上で一定の支援がある職場で働くことができる福祉サービスのことだ。

「こうして事業を始めるきっかけになったスタッフも、それから5~6年、ずっと頑張ってくれています。今では人気で予約が取れない先生になってくれました」

矢根さんはスタッフや事業の成長を自分のことのように嬉しそうに笑った。

心の指針「頼まれごとは試されごと」

今もA型事業所は赤字が続いている。

国からの給付金が出ているものの、利益がなかなか出ていない。ならば、と、矢根氏はつねに前向きな姿勢を崩さない。

「ならば、利益を生むような生産性の高い事業をどんどん手掛けていけば社会貢献につながるだろうということで、もうすぐ無人餃子販売所をオープンします」

無人販売だから、陳列・管理・商品発注・受注ぐらいしか手がかからない。それで利益を出していけば、その人たちの時給を上げることができると意気込んでいる。

頼まれたら断れない。そんな矢根氏の性格がスタッフへの想いを強くしているのだろう。

先述したように、矢根氏の経営スタンスは“人助け”がベースだが、それを大事にしているエピソードがある。

以前、矢根氏はクロフネカンパニー代表の中村文昭氏の講演会に参加した。その時、「稲妻が走る」ような感銘を受けた言葉がある。

「とある講演会に参加したとき、衝撃を受けました。特に感銘を受けたのが、『頼まれごとは試されごと』という言葉でした。仕事でもプライベートでも、良好な人間関係を築くヒントになりましたし、すべての物事をプラス思考に考えられるきっかけを与えてくれました。今も私の多角経営への挑戦を後押ししてくれる大切な言葉になっていますね」

多角経営の先に見据えるのは、これまで培ってきた技術による「世界進出」だ。

以前、柔道家の故・古賀稔彦氏の周りから「モンゴルで整骨院を開かないか」という依頼を受けたことがあった。実現はしなかったものの、モンゴルのように日本発の整骨という技術をほしかっている国もあり、そこにはブルーオーシャンが広がっている。

「東京で認知をとるっていうよりは、いきなり「世界へ」っていうほうが現実的です。ちょっと時間はかかるかもしれないですけど、行けたらいいですね」

2020年にオープンした複合施設を見上げる。屋上には、なにやらマークが見えてくる。

「忘れないように“仕掛け”を作っているんです」

企業ビジョン「加古川から世界へ」の文字とともに、地球と矢根氏の似顔絵が描かれている。

「本気で世界を目指しています。加古川青年会議所では次年度の理事長を務めます。そこではいろんな業種の方が所属しているんですけど、他の団体と違う点を挙げると、みんな積極的に挑戦する意欲が高いなと思います」

地方にあって都市部にないもの。それは「横・横のつながりが強いこと」だと、矢根氏は語る。

「地方ではすぐに手を結べれば、行きたい方向に進むことができます。やっぱりいろんな業種、異業種の方から刺激をもらうと、よし、俺もやろうって気になる。自分のジャンルを問わず、やれるものはやる。これからもその気持ちで頑張りたいですね」

“絆”が”もたらす多角経営によって、矢根氏が世界へ羽ばたく日もそう遠くないはずだ。